明治23年の「作陽商工便覧」へ当時の旧苅田家住宅と酒造場が紹介されています。この便覧は、津山地域の商店を紹介する冊子で、軒庇や格子窓、下見板張などが特徴的に描かれていることが分かります。

明治23年の「作陽商工便覧」
現在の写真と比べると、旧苅田家住宅の特徴の一つである「3階建ての望楼」が描かれていないことや、昔は煙突が2本立っていたことなどが観察できます。

現在の外観
城東の町並みの特徴は、出雲街道を挟むように南北に町家が立ち並んでおり、町家は互いに壁同士を接し、あるいは柱や壁を共有しながら隙間なく延長約1.2kmにわたり建ち並んでいます。
町家の構造は、つし二階建て(中二階)平入りで、出入口は間口の東側に設定され、外壁は一階は下見板張り、二階は漆喰(しっくい)塗、海鼠(なまこ)壁と出格子の窓を持ち、両側に袖そで壁を持つものが津山の町家の典型的なものです。
旧苅田家住宅もこの町家の特徴が残っています。

下見板張り

2階のしっくい壁となまこ壁
海鼠(なまこ)壁は、建物の防火性と耐久性のために使われていますが、外壁の意匠的な目的もあったようです。作り方は方形の平瓦を貼り、目地にしっくいを半円型に詰めたもので、目地の断面がナマコに似ていることからそう呼ばれています。
また、明治以降の近代になると二階の立ちの高い本二階建ての町家が現れるようになり、これらの町家の二階の意匠は木製建具の腰高ガラス窓となり、近世以前の建築とは若干印象が違いますが、両者が町並みに併存することで、変化のある景観を形成しています。
城東地区の町家景観で特筆されるのは、町家の表側の壁が出雲街道両側の側溝ぎりぎりに建てられるのが通例とされるため、自ずと一階庇ひさしの位置が隣同士で良く揃うこととなり、結果として庇が長く連続する景観を形成することです。この「庇が長く連続する景観」は、他の地域に見られない城東地区の特徴といえます。
この旧苅田家住宅は城東地区最大の軒であり、隣の「城下小宿糀や」とあわせると55mもの長い軒庇が残り、城東地区の見所になっています。
町を歩きながら建物の細かい部分やデザインに注目してみるのも面白いかもしれません。

側溝に沿って建てられた壁